音・学術論文

Written by Takeshi Adachi

 

「古い音・新しい音」という概念についての考察

 
まず文頭にて、定義しておかなければいけないのは、本題における「音」とは、何を指すのか?という点です。ここで言う「音」とは、奏者の個性を抜きにした「個々の生楽器における音色、サンプリング音源の音色、モジュールに内蔵されている音源の音色など」、いわゆる「シングルノート(単音)の音色」を指します。
 
今から、さかのぼること約15年前、某・音楽制作事務所で、プロデューサーA氏がこんな会話をしていました。

「この音は古いねえ。Roland JV-1080とAKAI CD-3000XLを使えば新しい音になるよ」

 
 
それから約5年が経過したある日、今度はこんな二つの会話をまた他の某・音楽制作事務所で耳にしました。

「これ、JVの音でしょ?古いねえ。」
「このピコピコした音いいねえ。新しいねえ。」(いわゆるFC音源のこと)

 
 
私はこれら一連の発言の中に決定的な違和感を覚えた記憶があります。

「かつて古いと呼ばれていた音が時を経過して新しい音と呼ばれ、またその逆に新しい音と呼ばれていた音が時を経過して古い音と呼ばれる」

 
 
このもっともシンプルに矛盾している内容から「音に古い・新しいという概念は存在しない」という論拠が成立するのではないでしょうか?
 
この観点は、生楽器という立ち位置から見ると至極当然のこととしてとらえることができます。オーケストラの楽器にしても、ギターにしても、ピアノにしても、奏者の個性を抜きにすれば、それらの音は不変であり、「古い・新しい」という観点でとらえることはありません。しかし、一端デジタルを駆使した音になった途端、その歴史の浅さ、技術に対しての新旧の判断などが加味されてしまい、「音が古い・新しい」という表現が出てしまいます。
 
ビジネスとしての音楽、流行をとらえる音楽という側面から見ると、「音が古い・新しい」という判断基準が生まれることも仕方無いのかもしれませんが、それは同時に創造性などを欠落させる原因になりかねません。「音楽を生み出す」という純粋かつ根底的な観点に立つ場合、全ての「音」は、それが発音された瞬間からそれぞれの個性を持ち、その個性を持った音を、作曲者・編曲者・演奏者が操ることによって様々なものが表現されるのではないでしょうか?
 
どんな楽器、どんな機械的技術であっても、「音」はあくまで「音」であって、それ以外の何ものでもなく、結論的には、その「音」そのものが、作曲者・編曲者・演奏者が必要であるか?ないか?にのみ起因するのだと考えます。
 
 

2012年8月17日 アダチ音研代表 安達たけし


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